縦書きの青空文庫リーダー「しおり」のバージョン 1.2 で、新しい書体「しおり明朝」を追加しました。このアプリのためだけに組み合わせて調整した明朝体です。これから使い始める方には、最初からこの書体で表示します。
この記事では、書体をつくった理由と、つくり方の技術的な中身をまとめます。

なぜ専用の書体をつくったのか
しおりではこれまで、BIZ UD明朝・ヒラギノ明朝・ゴシックの3つから書体を選べました。どれも読みやすい書体ですが、画面での読みやすさを重視してつくられたものです。青空文庫に収められた明治から昭和の小説を読むと、紙の本で読んだときとは少し印象が違って見えます。
そこで、古い活字本に近い雰囲気があり、それでいて長く読んでも疲れにくい書体を目指しました。ひとつの書体で条件を満たすものが見つからなかったため、漢字とかなで別々の書体を組み合わせています。
- 漢字・英数字:夜永オールド明朝 Regular。落ち着いた骨格の明朝体で、本文の漢字が詰まって見えません。
- ひらがな・カタカナ・約物・記号:さらら明朝 Regular。活字の名残があるかなで、文章全体の表情を決めます。
和文の印象は、文字数の多いかなで大きく変わります。かなと約物(句読点やかっこ)をさらら明朝にし、漢字を夜永オールド明朝で支える組み合わせにしました。

これまでの書体との違い
しおりで選べる書体は、しおり明朝を加えて4つになりました。同じ文章を並べると、違いがいちばん出るのはかなの大きさです。各書体のひらがな46字と漢字14字について、文字の枠に対して字面(実際に線が描かれている範囲)がどれくらいの大きさかを測りました。
| 書体 | ひらがなの字面(幅×高さ) | 漢字の字面(幅×高さ) | かな÷漢字(面積) |
|---|---|---|---|
| しおり明朝 | 65.5%×74.5% | 89.1%×89.6% | 0.61 |
| ヒラギノ明朝 | 72.7%×78.8% | 91.4%×90.5% | 0.69 |
| BIZ UD明朝 | 77.9%×81.7% | 90.8%×91.3% | 0.77 |
漢字の大きさはどの書体もほぼ同じですが、かなの大きさは大きく違います。しおり明朝のかなは、BIZ UD明朝より面積で2割ほど小さくつくられています。

- しおり明朝:かなが小さく、漢字との大小の差がはっきりしています。漢字が目に入りやすく、言葉の切れ目をつかみやすいのが特徴です。行の中にほどよく余白ができ、昔の活字本に近い見た目になります。腰を据えて長い作品を読むときに向いています。
- BIZ UD明朝:誰にでも読みやすいことを目的にしたユニバーサルデザイン書体です。かなが大きく、横線も一般的な明朝体より太めなので、文字を小さめにしたときや、細い線が見えにくいときでも読みやすくなっています。
- ヒラギノ明朝:iPhone に標準で入っている明朝体です。現在の書籍や雑誌でも見慣れた、端正な形をしています。しおり明朝とBIZ UD明朝の中間くらいの印象です。
- ゴシック(ヒラギノ角ゴ):線の太さが均一な書体です。夜の暗い画面や小さな文字でもかすれにくく、説明文のような文章をすっきり読めます。
どの書体が合うかは、作品や読む環境、好みによって変わります。表示設定からいつでも切り替えられるので、読み比べてみてください。
ライセンスと名前
どちらの書体も SIL Open Font License 1.1 で公開されています。このライセンスでは、改変や組み合わせをしたフォントをアプリに収録できます。ただし、元の書体の「予約名」は改変版に使えないため、元の名前は使わず「しおり明朝(Shiori Mincho)」という新しい名前を付けました。ライセンス本文はアプリ内の「ライセンス」画面に収録しています。
しおり明朝は、しおりアプリの中で使うための書体です。フォント単体での配布は予定していません。
技術的なこと
1. 形式と大きさをそろえる
2つの書体は、データの形式が違います。
| 夜永オールド明朝 | さらら明朝 | |
|---|---|---|
| 形式 | TrueType(二次曲線) | CFF(三次曲線) |
| 1文字の基準の大きさ | 1024 | 1000 |
さらら明朝の字形を三次曲線から二次曲線に変換し、1.024倍に拡大してから夜永オールド明朝に入れました。拡大すると、2つの書体の字面の枠がちょうど重なり、漢字とかなを並べても大きさや位置がずれません。
2. 差し替える文字の範囲
さらら明朝に置き換えたのは、次の文字です。
- ひらがな・カタカナ(小書き、長音記号、中黒を含む)
- 句読点・かっこ・「〜」「〃」などの和文約物
- 全角の記号(全角英数字は除く)
- ダッシュ・引用符・「…」「‥」「※」など
- 矢印・○□△・★♪などの記号
3. 縦書きの調整
縦書きでは、句読点を右上に寄せる、かっこや長音記号を90度回す、小さい「っ」の位置を変える、といった縦書き専用の字形を使います。フォントの中では、横書き用の字形から縦書き用の字形へ切り替える対応表(vert/vrt2)で管理されています。
文字だけを差し替えると、縦書きにしたときに夜永オールド明朝の縦書き字形に戻ってしまいます。そこで、さらら明朝の縦書き字形もいっしょに取り込み、対応表を新しい字形どうしの組み合わせにつなぎ直しました。縦書きでの上下の位置も、さらら明朝の縦書き用の原点情報から計算しなおしています。
一方で「〓」「〰」「—」「‖」の4文字は、さらら明朝に縦書き用の字形がありません。縦書きにすると向きがおかしくなるため、この4文字だけは夜永オールド明朝のまま残しました。

4. 行間の問題
組み込んで最初に表示したところ、行と行の間隔が想定より広くなっていました。調べると、夜永オールド明朝には「行間(lineGap)」という値が入っていて、iOS の文字組み(Core Text)はアプリで指定した行送りにこの値を足していました。その結果、31.5pt のはずの行送りが 40.5pt になっていました。
しおりでは、行送りは文字サイズの設定に合わせてアプリが決めています。そのため、フォント側の行間の値を横書き・縦書きとも 0 にしました。
5. 検証の方法
アプリの組版部分を Mac 上でも動くようにして、実際の作品のページを画像に書き出しました。行の位置を数値で測り、書体を変えても行送りが変わらないこと、ルビのある行とない行の間隔がそろうことを確かめています。最後に iPhone・iPad・iPhone Duo の見開きで実際に読んで、表示を確認しました。

すでにお使いの方へ
アップデート後に初めて起動すると、新しくなったことのお知らせを表示します。ここで「しおり明朝で読む」を選ぶと書体が切り替わります。「いまの書体のまま」を選んだ場合も、あとから表示設定でいつでも変更できます。

おわりに
青空文庫の作品は、ボランティアの方々による入力と校正で支えられています。しおり明朝が、その作品を少しでも心地よく読むための助けになればうれしいです。